「人食いザメ」あるいは「恐ろしいサメ」と聞いて、恐らく多くの人はヤツを思い浮かべるだろう。
しかし!!!!
そこに待ったをかけるのが、今日紹介する「イタチザメ」である。
イタチザメは、ISAFの記録で「ヤツ」・・・すなわち、人食いザメとしてあまりにも有名なホホジロザメの次に人を襲い、かつ死に追いやっている恐ろしいサメだ。
イタチザメは、サメの中でも「何でも食う」傾向が特に強いとされ、その凶暴性はむしろホホジロザメ以上かもしれない。
水中カメラに噛みついて破壊したり、胃の中から中世騎士の甲冑が発見されたり、普通エサにしないものばかりか、消化できない無機物ですら何でも食うその悪食ぶりは「ヒレ付きのゴミ箱」と呼ばれるほど。
だがいかんせん、
ホホジロザメが有名すぎて目立たない。
なるほど、ホホジロザメは、確かに件数だけなら世界で一番人身被害を及ぼしている恐ろしいサメだ。
しかし「最も危険なサメ」を語る際、このイタチザメの名はあまりにも無視されていないだろうか。
日本の沖縄などの漁師の間では、ホホジロザメよりむしろイタチザメの方がある意味お馴染みの存在でもあるというのに・・・。
そういうわけで、今回はそんな「不遇のNo.2」ことイタチザメを紹介しよう。
イタチザメの基本情報と生態
基本情報とデータ
分類 | メジロザメ目、イタチザメ科、イタチザメ属、イタチザメ種 |
学名 | Galeocerdo cuvier |
主な生息地 | 主に南半球の温帯・熱帯海域。 |
サイズ・体重 | 平均2.5~3.5メートル(最大7m以上) 体重400~600キログラム(最大3,100kgとも) ※最大サイズおよび平均サイズには諸説あり |
活動場所 | 沿岸の視界が悪い濁った海、河口や港、ラグーン、サンゴ礁、島の周囲も好む。外洋でも活動可能。少なくとも300m程度の深さまで活動可能。 |
食性 | 肉食 |
人に対する危険度 | A(ISAF(国際サメ被害目録)の記録では2番目に人身被害が多く、食性も貪欲であり危険度が高い。) |
イタチザメの一般的な大きさや外観の特徴
イタチザメは、肉食系のサメの中ではそこそこの大型種である。
ホホジロザメほどではないが、平均的な雄が全長2.2~2.9m、雌が全長2.5~3.5m、体重は400kg前後まで成長するので、人間よりも大きい。
このサイズでも十分危険ではあるが、これはあくまで「平均サイズ」の話。
個体によっては5~6mに達するものもおり、ここまで来ると下手なホホジロザメよりもデカい。
信憑性はやや薄いが、7~9mという超大型の個体も報告されている。
外観的な特徴としては、鼻先の形状が「尖って」いるホホジロザメに対し、イタチザメは写真下のように「丸みを帯びてのっぺりしている」ことがまず挙げられる。
↓こちらがホホジロザメ。鼻先は尖っており、一般的な「サメ」のイメージまんまな形。
↓対するイタチザメの鼻先。扁平で丸みを帯びた鼻先である。
体色は灰色や薄褐色、オリーブ色など。腹側は白色と、サメとしては一般的なカラーリングをしている。
また↓の写真のように、若い個体には特徴的な縞模様がある。
これが英語名での「Tiger Shark=トラザメ」の由来となっているのだろう。
※日本で「トラザメ」というと、全く違う種類のサメを指すので注意。
より若いイタチザメには、写真のように「トラ」というよりむしろ「ヒョウ」のような模様がある。
イタチザメが持つこれらの模様は、成長の過程で変化&退色していき、最終的には不鮮明になる。
つまり、模様の形と濃さで若いイタチザメか、ある程度大きなイタチザメかを判別できるというわけである。
イタチザメの分類と、海洋生物学への貢献
イタチザメは、生物学においては興味深い生態を持つ特殊な生物である。
イタチザメは、かつては「メジロザメ科」として分類されていた。
しかし、遺伝子解析が進んだ結果、イタチザメとメジロザメ科の遺伝的距離は思った以上に遠く、
- 尾柄に隆起を持ち、他のサメにはないハート形の特徴的な歯を持つこと
- サメとしてはかなり特殊な、卵黄依存型胎生をとること
・・・など、イタチザメ固有ともいえる特殊な生態から、現在はメジロザメ科から独立させた「イタチザメ科」が新たに作られ、そこに分類されている。
特に変わっているのは後述の出産方法だ。
イタチザメはサメの中でも特殊な「卵黄依存型胎生」をとる。
メジロザメ科やイタチザメ科と姉妹群にあたるヒレトガリザメ科は胎盤形成型であることを考えると、もともと胎盤形成型だったものが、徐々に胎盤を失ってイタチザメの繁殖システムにシフトしているという説が有力である。
一方で、イタチザメの方が原始的な繁殖方法であるという説もあるが、現在は研究過程といったところのようだ。
イタチザメの生態
餌や生息地の選択
食性と餌
イタチザメの食性は「機会選択的捕食者」といわれる。
簡単に言えば、「とにかく目の前に食えそうなものがあればとりあえず食ってみる」というもので、イタチザメの危険性はここにある。
サメが人を襲うケースの多くは「餌と見間違えた結果」ともいわれるが、イタチザメは明らかに魚やアザラシには見えない無機物ゴミ(甲冑やスポーツ用品なども胃の中から見つかっている)まで目の前にあれば食ってしまう。
ある動画では、水中カメラを食べてバラバラにしてしまう様子も別のカメラから撮影されており、見間違えなどお構いなしになんでも食べてしまうのだ。
それゆえ、イタチザメは近付くことさえ危険であるといえるだろう。
その貪欲すぎる食性は「ヒレの付いたゴミ箱」などと呼ばれたりもする。
イタチザメの生息域
イタチザメは、様々な海の環境に適応可能である。
沿岸域だけでなく外洋も活動範囲であり、表層~水深約371mまで潜れる。
サンゴ礁域や内湾の汽水域にも生息している。
日本では青森県牛滝、小笠原諸島、房総半島~屋久島の太平洋沿岸、琉球列島などに生息し、世界でも東シナ海、朝鮮半島西岸・南岸、台湾、香港、西沙群島、中沙群島、その他全世界の熱帯・亜熱帯海域に出没する。
ほぼ世界中の海に生息するサメといって良いだろう。
繁殖行動と生活習慣
イタチザメの特殊な繁殖方法
イタチザメは、サメとしては特殊な「非胎盤形成型胎生種」である。
近縁のメジロザメ科やシュモクザメ科のサメは「胎盤形成種」であるが、この違いは何かというと、「胎盤形成型」は、胎仔がいわゆる胎盤を介して母親から栄養を受け取る。
一方、非胎盤形成型胎生種の子ザメは胎盤を介さず、卵にある自身の卵黄を消費して栄養とする点が大きく違う。
また、卵黄だけでは栄養が足りなくなった場合の保険なのか、イタチザメは母体から子宮ミルクを分泌することもあるという。
このように、イタチザメは胎盤形成型と非胎盤形成型の特徴がミックスされたような奇妙な生態を持っている。
イタチザメの妊娠期間は14-16ヶ月ほど。
サメとしては多産で、産仔数は10-82尾、平均的には30-35尾であるという。
イタチザメはよく駆除対象になるが、その割にホホジロザメのように絶滅危惧種にならない理由はそのあたりにあるのかも知れない。
また、イタチザメは出産時期が南半球と北半球で違う。
北半球では、交尾期間は3月から5月の間で、翌年の4月から6月までの間に出産する。
南半球では出産は夏季の11月-1月の間に行われる。
交尾は出産直前の雌も行うため、繁殖周期は2年に1度程度。
出生時は全長51–90cm。寿命は45-50年と推定される。
なお、飼育下では2017年3月23日に沖縄美ら海水族館で飼育されていた雌が水槽内で27匹の仔を産んだ。
飼育下での大型肉食ザメの出産は日本国内で初どころか、世界でも初である。
主な捕食者や天敵
イタチザメの天敵と言える生物はほとんどいないだろう。
強いて言えば、ホホジロザメですら襲えるシャチ、あるいは自分達を「駆除」してくる人類であろうか。
自分より大きなサメも敵になりうるとはいえ、イタチザメも最大の肉食ザメであるホホジロザメと同程度弱のサイズまで成長する種なので、そうなればシャチや人間くらいしか天敵はいない。
イタチザメの保護状況と今後
現在の生息数と絶滅の危険性
イタチザメは多産であり、他の種と違って個体数は十分。
つまり絶滅の危険性は現時点では低いとされる。
これについては、前述のとおりイタチザメが多産であることも理由だろう。
イタチザメは、ホホジロザメに比べれば特に絶滅が心配されている種でもないし、気候さえ合えばそこらじゅうの海で見られる。
保護活動や取り組み
ただし、イタチザメは漁業に被害を及ぼすため、保護よりは駆除の対象となってしまっている。
そのためか、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにおいては準絶滅危惧(Near Threatened、NT)とされている。
一方、日本の環境省のレッドリストでは「情報不足(DDランク)」(絶滅の危険があるかどうか判断できるだけの情報が足りない)とされ、機関によって判断はまちまちである。
最近は温暖化の影響でイタチザメの生息域が広がり、日本などでも漁業被害が増えており、今後世界的に駆除が活発になれば個体数が激減する可能性もありうる。
水族館でのイタチザメの展示&展示に関する注意点
イタチザメは、一部の水族館でも期間限定で展示されることがあり、タイミングが合えば日本でも見に行くことが可能だ。
一般に大型の肉食ザメはエラ呼吸を十分に行わせるスペースを確保する必要があるため、展示・飼育には巨大な水槽が必要となってしまう。
それをもってしてもホホジロザメのように大型のサメの飼育は難しい。
長期間の飼育が上手くいかず、急激に衰弱してすぐに死んでしまったりするサメも多い。
しかしイタチザメは、大型肉食ザメの中だと比較的展示成功例が多いのだ。
もしイタチザメの展示が行われる水族館があれば是非、ややマイナーな人食いザメであるイタチザメを知るためにも足を運んでみよう!
ただ、2024年6月時点だと日本でイタチザメが見られる水族館は確認できない。
過去には、
- アクアワールド・大洗
- 沖縄美ら海水族館
- 葛西臨海水族園
- 鳥羽水族館
- 海遊館
などでも飼育されていたが、期間限定の展示が多く、あるいはサメの体調の関係で中止されることも多い。
つい最近まではアクアワールド・大洗が唯一イタチザメを展示していたが、2023年11月5日(日)より、サメの遊泳不良などの体調悪化が原因で、展示中止となってしまっている。
このように、イタチザメをはじめとした大型のサメは飼育が難しく、展示される個体も(泳ぎ回るスペースの関係から)小型が多い。
大きくなりすぎた個体は他の魚を襲ったり、エラ呼吸のためのスペースが確保できず死んでしまう恐れがあるため海に還されてしまうこともある。
ホホジロザメほどではないが、イタチザメを見られる機会もかなり貴重だ。
見たい方は以上の点も注意して各水族館の情報を日頃からチェックしておくことをオススメする。
ド迫力のデカいサメを気軽に見に行くのはなかなか骨が折れそうである。
イタチザメと人間の関係
人身被害
イタチザメは、ISAFのデータ上の攻撃数・死亡例そのものはホホジロザメに次ぐ「二番手」である。
が、これを見て欲しい。
これはホホジロザメ(White)・イタチザメ(Tiger)・オオメジロザメ(Bull)のいわゆる「ビッグ3」のISAFにおける「非挑発攻撃事例」「致命的事故に至った件数」をまとめた表である。
この表から、各種サメに襲われた際の致命的事故に至る確率・・・ざっくり言えば「死亡率」を計算してみよう。
- ホホジロザメ・・・約16~17%
- イタチザメ・・・約27%
- オオメジロザメ・・・21~22%
・・・何が言いたいかというと、イタチザメは人をよく襲う「ビッグ3」の中でも、特に人を死に至らしめる割合が多いのだ。
一般に「見間違え」で人を襲ってしまうといわれるサメだが、イタチザメは先に述べたように「機会選択的捕食者」であり、「目の前にあるものは喰らい尽くす」という主義である。
なので、イタチザメは見間違えで人を襲い、餌ではないと気付いて去って行く・・・というパターンで済む割合が少なく、襲われたら死ぬまで徹底的に襲われる危険性が高いということだ。
なので、筆者はこのイタチザメこそが真に「世界で最も危険なサメ」だと主張したい。
漁業被害と駆除
イタチザメは、その食性から漁業被害を引き起こす常連である。
特に最近は日本でも大型個体の出没例が増えており、時折駆除の対象となっている。
特に、奄美大島などでは同地に生息するイタチザメをはじめとしたサメによる漁業被害が年間1000万円相当にもなるという。
夏場の駆除活動や、電気ショッカーの導入をもってしても最近の発生ぶりは対応しきれない規模になっており、漁業関係者を悩ませている。
参考:
イタチザメと共生するハワイ
人食いザメ&漁業被害を及ぼすサメとして恐れられる本種だが、中にはハワイのように信仰の対象として大事にしている地域もある。
ハワイ王国時代のハワイ人には、本種を母乳で育て、船を引かせるほどに手なづけたりもしていたという伝承があるという。
また現地の神話でも、サメをモチーフにした神様が登場したりするのが興味深い。
ポリネシア信仰では死んだ人がイタチザメに転生して一族を守護する、というものもある。
イタチザメまとめ・・・サメ界永遠の2番手
サメ界の頂点に立つホホジロザメ。
しかし、その陰にはこの「イタチザメ」が存在することを、どうかこの記事でイタチザメを知った諸君は覚えておいて欲しい。
被害件数、大きさ、見た目のインパクト、知名度、どれも確かにホホジロザメには一歩及ばない。
しかし、その貪欲な食性と凶暴性はホホジロザメ以上。
それどころか、襲われた際の死亡率に至ってはビッグ3のトップである。
そのアグレッシブさは、まるで主人公に追いつこうと努力する2番手ライバルキャラのよう・・・
まるで孫悟空に対するベジータだ。
もしあなたが今後人食いザメを見かけることがあれば、「ホホジロザメだ!」「ジョーズだ!」・・・と叫ぶ前に、「お前、ホホジロザメに見せかけて実はイタチザメじゃないのか!?」と疑ってみて欲しい。
そうすれば、ホホジロザメに知名度を奪われまくっているイタチザメも少しは浮かばれる・・・かも知れない。
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