「サメ」という一般名詞を耳にしたとき、恐らく現代人の大半が思い浮かべるのはおそらくこのホホジロザメではないだろうか。
獲物を狙い、尖った背びれを水面に突き出しながら接近する姿。
特徴的な三角形の鼻先を水上に突き出し、口を大きく開いて獲物に襲い掛かる姿。
大きく開かれた口から覗くのは、血の滲んだ歯茎に生える何本ものギザ歯・・・
これほど現代人の「サメ」のイメージアップ(?)に貢献している種は、他に存在しないだろう。
また、イメージだけでなく実績(?)においてもホホジロザメは世界最強の人食いザメといってよく、ニュースで「サメに襲われた被害」といえば大抵はコイツらの仕業である。
サメマニアの筆者も、海でこんな奴に遭遇したら絶対嫌だと思う。
・・・しかし「絶対遭遇したくない奴」であるからこそ、筆者はホホジロザメの姿や生態系に惹かれてしまったのだ。
怖いもの見たさというか、あのイカついボディに隠された秘密を知りたくなる。
・・・しかし、一方でホホジロザメはその知名度の割に、飼育の難しさなどから意外とその生態系が分かっていないサメでもあるのだ。
近年になって、少しずつ研究は進んでいるがまだまだ分からないことも多い。
今回はそんなホホジロザメくんの魅力や、多くの人に知られていない一面をご紹介していければと思う。
ホホジロザメの基本情報と生態
分類 | ネズミザメ目、ネズミザメ科、ホホジロザメ属、ホホジロザメ種 |
学名 | Carcharodon carcharias |
主な生息地 | 北極域・南極域を除く、ほぼ世界中の海。温帯~ |
サイズ・体重 | 平均4.0~4.8メートル(最大6mないし10m以上) 体重680~1,100キログラム(最大1,900kgとも) ※最大サイズおよび平均サイズには諸説あり |
活動場所 | 沿岸の海面表層付近で活動するが、250m以上潜ることもある |
食性 | 肉食 |
人に対する危険度 | A(ISAF(国際サメ被害目録)の記録では堂々の1位) |
「ジョーズ」ほか多くのサメ映画で登場する代表的なサメ
人食いサメのパニック映画といえば『ジョーズ』を知らない人はほとんどいないだろう。
かのスピルバーグ監督の出世作ともいわれ、世間的な「サメ」のイメージ(あるいは風評)を決定づけた映画でもある。
その後、世界ではB級映画を含めて様々なサメパニック映画が作られるわけだが、筆者が見たサメ映画の大半はこのホホジロザメを題材としている。
・・・余談だが、サメ映画の例外として、昔筆者が観たB級映画で「Sharkman ( Hammerhead)」という、サメ人間が暴れるパニック映画がある。
これは表題の通り、サメ映画では珍しくシュモクザメをモチーフにした怪物が登場しており、なかなか新鮮だった記憶がある。
ぶっちゃけ実際観るとシュモクザメ要素薄いような気もするけど・・・
あと無駄にお色気シーンが多い。B級映画のお約束。
閑話休題・・・
世界で最も人を襲った記録が多いサメ
以上、すっかり人食いザメのイメージが強くなった本種であるが、そのイメージは決して誇張ではないのがホホジロザメのホホジロザメたるゆえんである。
世界で最も人を襲い、かつ死傷させているサメはまぎれもなくこのホホジロザメだろう。
国際サメ被害目録(ISAF)でも、1800年代から統計が取られている事故数・致死数ともに、ランク2位のイタチザメを超えてダントツのトップである。
記録では、非挑発事例(つまりサメに攻撃を誘発するような行動をしていない)にもかかわらず350件以上の攻撃事例、そして60件近い死亡事例を記録しており、これはサメの中でもダントツの事故報告件数である。
※ISAF・・・「インターナショナル・シャークアタック・ファイル=国際サメ被害目録」
実は「美味しい」ホホジロサメ!?
「サメ」といえば「フカヒレ以外は不味い」「カマボコにするくらいしか使い道がない」というイメージが一般的にはある。
確かに、サメの多くの種は体内の浸透圧調整のため、肉の中に多数の尿素を含んでおり、これがアンモニア臭のもとになってしまうため「サメ肉は臭くてマズい」・・・と一般的に言われる。
・・・ところが、意外や意外。
「サメの代名詞」ともいえるホホジロザメは「食うと意外に美味しいサメ」としてサメマニア(?)の間ではもっぱらの評判だったりするのだ。
サメ全般に言えることだが、サメ肉に含まれる尿素は時間が経つから悪臭を発するのであり、新鮮なうちならそうでもない。
中でもホホジロザメの肉は、調理次第では刺身でも揚げ物でもイケる珍味なのだ。
そんな意外と美味しいホホジロザメくんが食材として普及しないのか・・・
理由は色々あるだろうが、まず第一にさっき言った「鮮度を保つのが難しい問題」があろう。
確かに新鮮なうちは臭くない。
だが、その鮮度を保つのがまず難しいのだ。
ちょっと時間が経てばすぐ臭くなってしまうのでは、スーパーなどで売られる食用肉としてはすこぶる使い辛い。
ただ、ヨシキリザメのようにカマボコやフカヒレの材料になっているサメもいることにはいる。
ホホジロザメだって、上記のような「加工品食用」として利用しようとすればできないことはなさそうなものだが・・・
そこでもうひとつの理由が出てくる。
「こんな大型で凶暴な魚を、漁獲対象にするのはあまりにもリスクが大きすぎる」
だって、そりゃあそうだ。
こんな牙を生やした全身殺人兵器みたいな大型魚を無理やり捕まえようとすれば、釣り糸や網はあっという間にボロボロにされる。
まして、こんな巨体が甲板で暴れでもすれば乗員がケガをしかねない。
つまり・・・「劣化が早い」「捕まえるのも一苦労」と、産業生物としてはすこぶる非効率というほかないのだ。
それ以前にホホジロザメは「絶滅危惧種」でもある。
そういった意味でも、本種が食用とされることは将来的にもまずないだろう。
運よくホホジロザメの新鮮なお肉を入手した人々も、「たまたま混獲で引っかかって死んでしまった個体を譲ってもらう」などのケースで特別に手に入れているに過ぎないのだ。
だが、筆者もいつか新鮮なサメ料理を賞味してみたいものだ。
意外と頭脳派なホホジロザメ?
ホホジロザメと言えば、とりあえず目の前のものは何でも食う、まさに脳筋捕食者の典型のような扱いをされている。
が、ホホジロザメはなかなかの知性も持ち合わせているという。
知性としては初歩的だが、「過去の学習能力」「記憶力」を持っており、狩りには過去のデータを活かすこともできるらしい。
筆者は上記の「ホホジロザメの学習能力」のソースというか、根拠となるデータを探してみた。
残念ながら、ホホジロザメが具体的に何かを学習してそれを活かした・・・というデータは見つからなかったが、面白い研究結果を一つ見つけた。
若いホホジロザメが狩りを学ぶ「研修センター」が存在する?
パニック映画(だいたい巨大な個体1匹が大暴れする)のせいで一匹狼の印象が強いホホジロザメだが、実はある種の社会性を持っていることが研究から分かっている。
参考:
この研究は英国ノッティンガム・トレント大学のもので、南アフリカ南端・西岸のホホジロザメを2009年から2013年まで調査したものだ。
いわゆるケージダイビングによって3000匹以上のホホジロザメを観察し、その性別と大きさ、さらに目撃された日時や海水温・気候などを細かく調査したところ、興味深いいくつかの仮説が立てられた。
このアフリカ南端~西岸の海域はサメにとって捕食しやすくかつ美味しい餌である小型のアザラシなどが多数生息している。
ホホジロザメにとっては絶好の狩場ということだ。
しかし、この海域に生息するホホジロザメを観察したところ、4メートルを超える大型の個体はほとんど姿を現さないことが分かった。
さらに、小型の雄は夏、小型のメスは秋に多く出没し、冬は比較的大型のメスがよく出没するというデータも取られた。
このデータから、ホホジロザメの若い個体はこの海域で狩りを学び、大人のホホジロザメはこの海域では狩りをしない・・・というルールが彼らのコミュニティ間で共有されているという。
つまり、若く未熟な小ザメたちの「研修場所」というわけだ。
ただ、このデータだけでは「社会性があるからこの海域に小型のサメが集まる」とまでは断言できないように思う。
気候や温度などで集まるサメの大きさや性別が変わることから、大型のサメが近寄り辛い何らかの条件がこの海域にあるという可能性も考えられる。
しかし、ホホジロザメが本当に個々の狩りだけでなく若い個体を育てるための「社会性」を持っているのだとしたら、興味深い話である。
天敵・シャチの群れがホホジロザメを捕食する映像
そんな海では無敵に見えるホホジロザメだが、やはり厳しい自然界の中では勝てないヤツらもいる。
今年、衝撃的な動画が投稿された。
複数のシャチが連携し、大きさ3メートルほどのホホジロザメを次々と捕食していく様子をドローンから撮影した動画である。
一応閲覧注意である。
これは「シャチがホホジロザメを捕食する」瞬間を捉えた世界初の動画でもあるのだとか。
シャチは大型なだけでなく、知能の高さを活かした高度な連携を得意とするため、いかにホホジロザメといえど彼らの連携攻撃の前には敵わなかったようだ。
またシャチにとっても、シャチの子供に危害を及ぼしかねないホホジロザメは「駆除対象」として認識されているようで、生息地が被る沖合のシャチは積極的にサメを捕食するらしい。
また、シャチはサメをはじめとした軟骨魚類が「転覆」に弱いことを知っており、体をひっくり返して抵抗できなくしてから捕食するという。
やはり、こうした知略でもシャチの方が上手のようだ・・・。
ホホジロザメの人身被害状況
ホホジロザメは、先にも説明した通り「世界一人的被害を及ぼしているサメ」である。
これから紹介するのは1580からサメの被害を記録し続けている「ISAF(インターナショナル・シャークアタック・ファイル=国際サメ被害目録)」によるデータである。
世界のホホジロザメ被害状況
※2024年1月時点
この表は、「非挑発事例」、簡単に言えば「サメを特に刺激するようなことはしていないのに襲われた事例」を集めたものだ。
用語をいくつか説明しておくと、以下の表の一番上にある「Carcharodon carcharias」がホホジロザメの学名を示している。
「COMMON NAME」とはそのサメの一般名だ。
たとえば向こうでホホジロザメは「White shark=ホワイトシャーク」と呼ばれている。ちなみに二番目の「Tiger shark」が日本でいうイタチザメのことである。
「NON FATAL UNPROVOKED」とは「致命的事故に至っていない、非挑発襲撃事例」とでも訳せようか。
一方、「FATAL~」は文字通り「致命的事故に至ってしまった事例」となる。
当たり前だが「TOTAL」は「そのサメによる非挑発襲撃事例の総計」を指す。
このデータ見ると、ホホジロザメ(Carcharodon carcharias、White)がダントツ(351件)で、2位のイタチザメとは倍以上の差をつけている。
ホホジロザメ被害は他のサメと混同されやすいが、ISAFのデータは正確に襲撃者が分かっている事例しか載せないので、割と信頼できるデータ※である。
やはり、客観的に見てもホホジロザメは「世界一人を襲っているサメ」だと考えてよいだろう。
日本のホホジロザメ被害
日本では漁場を荒らすイタチザメや、食品加工に使われるヨシキリザメの方が本来馴染みが深い。
しかし、日本の海でもホホジロザメは出現する。
https://kokushi.fra.go.jp/H26/H26_35.pdf
日本でホホジロザメ被害が頻繁に報告され始めたのは、1990年代以降と意外と最近であるが、ひどい場合は瀬戸内海などに(餌を追ってきたついでだという)迷い込んでくることもある。
瀬戸内海まで来るのは流石に稀なケースではあるようだが、ホホジロザメは沖縄周辺から北海道周辺海域と、ほぼ全国の海で出現する可能性はある。
日本でのホホジロザメによる有名な死亡事故としては、
- 1992年3月8日 愛媛県松山沖
・・・タイラギ貝漁中に潜水夫(ダイバー)が突如襲われ行方不明に。ダイバーの助けを聞いて船員は急いで引き上げたが、残されたのはズタズタに裂けた潜水服とヘルメットだけであり、本人は見つからなかった。その遺品の切断面の形状から、体長約5メートルのホホジロザメの仕業と断定された。
- 1995年4月9日 愛知県伊良湖沖
・・・こちらもミル貝漁のダイバーが襲われた事故。こちらは少なくとも「行方不明」ではないが・・・なんと引き上げた被害男性には約6mという、ホホジロザメとしても最大クラスの個体がかぶりついていたという。右肩から腹部にかけて噛まれ、右腕は食いちぎられてほぼ即死だったという。
・・・以上が著名なホホジロザメ被害である。
その他、目撃情報としては、
- 1999年7月9日 山口県光市
- 2005年10月26日 神奈川県川崎市千鳥運河
- 2017年11月7日 七尾市沖
・・・等が挙げられる。
※以下は2017年七尾市沖でのニュース。
なぜホホジロザメは人を襲うのか?
そもそも、ホホジロザメが(サメ全般に言えることではあるが)人を襲ってしまう理由とは何なのか?
まず第一に、ホホジロザメの活動域が大きな要因と言えるだろう。
サメの中には、もっぱら外洋・・・すなわち人が滅多なことでは行けないような陸から遠く深い海に生息しており、大型肉食にもかかわらず人と遭遇すること自体が稀な種だっている。
しかし、ホホジロザメはというと、陸地にほど近い世界中の沖合や沿岸部の表層付近に出現する。
なので、海で遊んでいる人、あるいは船からダイブして貝などを獲っている人をとも頻繁に遭遇しやすいのだ。
ヨゴレのように、食性だけならホホジロザメと同等の凶暴さと危険性を持つ種はたくさんいるのだが、ホホジロザメは特に「人間と遭遇しやすい」からこそ、人間にとって最も危険な種なのである。
第二に、ホホジロザメを含むサメは目が悪いため、普段は餌にしないようなものも「誤認して」食べてしまうことがあるのだという。
サメは、別に人を好んで襲っているというわけではない。
たとえば、サーフボードに乗った人間はちょうどサメから見ると餌となるアザラシのような形に見えるため、それと誤認して襲う場合もあるといわれる。
しかし、間違いだろうが何だろうが、目の前に食いやすそうなものが泳いでいれば、サメにしてみれば見逃す理由もない。
サメと遭遇しないことが、結局は襲われないための一番の対策なのだ。
・・・以上、サメの生態をよく知っておけば、敢えて襲われることもないだろう。
サメ全般の対策に関しては、別記事で解説したい。
ホホジロザメは水族館では見られない?飼育が難しい理由
そんなある意味サメ界のスター的存在であるホホジロザメは、現在水族館などで見ることは不可能な生物である。
ホホジロザメを水族館で展示しようという試み自体は、何度か行われたこともある。
また、研究機関がホホジロザメを欲しがる場合もある。
だが考えてみて欲しい。
サメは他の魚類同様「エラ呼吸」。
すなわち、泳ぎ続けなければ窒息死してしまう。
こんな大型の凶暴なサメが、窮屈せずのびのびと泳げるような設備が果たして簡単にパパっと用意できるだろうか・・・。
小さい魚を水槽で飼育するのとはわけが違うのだ。
実際、アメリカでは小型のホホジロザメを捕獲して飼育しようと何度か試みたものの、トラックなどによる輸送の過程で急速に衰弱し、わずか数日で亡くなってしまうことが多い。
運よく水槽に入れて飼育するまでは上手くいっても、せいぜい2週間持てばよい方。
米モントレー湾水族館では、1984年から2011年までホホジロザメを数個体飼育展示しようと奮闘してきた結果、まだ幼い雌だが、ホホジロザメ飼育における最長記録である198日間の飼育に成功する。
しかし、だんだんデカくなるにつれて他の魚を襲う危険が出てきたことなどの理由から、水族館側の判断で海へ返されている。
日本でも2016年1月5日から、沖縄県の「沖縄美ら海水族館」が読谷村沖の定置網にかかった体長約3.5メートルのオスの「成体」を飼育・展示したことで、「ホホジロザメの成体(大人)では、世界で初めて展示に成功した例」として話題になったものの、その個体はたった3日で死んでしまった・・・。
他にも、日本の水族館、あるいはオーストラリアや台湾、果てはトルコなどでもホホジロザメの飼育が試みられたことがあるが、いずれも短命に終わるかすぐ海へ返されている。
ホホジロザメは飼育しようにもそれが非常に難しい生き物なのだ。
ホホジロザメが有名な割に、生態系にまだまだ謎が多いのはこういった理由にもよる。
このへんは同じく飼育が難しいために野生個体の研究が進んでいないウナギとも似ているかも知れない。
まとめ ホホジロザメは世界一デンジャラスで、ミステリアスなサメ
以上、サメの代表選手であるホホジロザメは、その凶暴さで悪名を轟かせながらも、意外と知られていないことも多いミステリアスなサメなのである。
特に、ホホジロザメの知性の高さや習性はまだまだ謎が多く、今後の研究が進むのを待ちたいところだ。
「有名なのに実態がイマイチ分かっていない」というのは、なんだか任期なのに謎の多い歴史上の人物のようなミステリアスさを感じる。
よくよく見れば、つぶらな目とまん丸とした体型はちょっとした愛嬌すら感じさせる・・・と思わなくもない。
が・・・
(ジョーズのBGM)
デンデンデンデンデンデンデンデン・・・
タララーン♪
デンデンデンデンデンデンデンデンデンデン!!
・・・あ、はい、やっぱり怖いです!!
というわけで、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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